『電波少年』でブレイクした
ケイコ先生こと唐木恵子さんが、
浪曲師・春野恵子として
活躍しているそうです。
ケイコ先生という、
名前は記憶にありますが、
『 電波少年 』って
どんな番組だったでしょう?
思い出すために、
少しおさらいしてみましょう。
『 電波少年 』って何?
電波少年シリーズは、
日本テレビ系列で放送された
バラエティ番組です。
『 進め!電波少年 』、
『 進ぬ!電波少年 』、
『 電波少年に毛が生えた最後の聖戦 』
と、シリーズが続きました。
1992年7月頃から
2003年の2月頃まで
放映されたようです。
無名若手芸人による、
数々の奇抜な体当たり企画
が人気でした。
シリーズ全ての
第1回のゲストが高田純次さん
といえば
イメージが沸くのではないでしょうか。
ロケはアポなしで行なわれます。
「 ヒッチハイクの旅 」の猿岩石さん、
「 懸賞生活 」のナスビさんたちが
人気でした。
全盛期には、
視聴率が30.4パーセントを
記録していたようで、
日本テレビの黄金期を
支えた番組の1つです。
ケイコ先生こと唐木恵子さんは、
「 電波少年的東大一直線 」
という企画において、
お笑い芸人坂本ちゃんの
家庭教師・ケイコ先生として、
人気を博しました。
芸能界に入ったきっかけ
唐木恵子さんは、
大学卒業後、
出版社に就職しました。
単行本の編集を担当して
楽しかったらしいのですが、
夢を諦めきれずに、
25歳で退社を決意したようです。
本当にやりたいことに挑戦しないで
後悔したくない、
そんな思いだったそうです。
思い切った挑戦を、
したものですねぇ。
しかし、
本当にやりたいことをあきらめて、
情熱をくすぶらせておく事も、
つらいものですしね。
そんな思いを抱えて、
芸能界に入るために、
いろいろ調べたようです。
役者をしっかり育てている
プロダクションを、
自分なりにきちんと調べて、
履歴書を送ったそうです。
しかし結果は、
『 電波少年 』でデビュー
となりました。
うまくいかないものですねぇ。
さてそれでは、
どんな経緯で『 電波少年 』に出演、
となったのでしょうか。